さすらいの三療師、おっちです。
はり・きゅう・マッサージで“三療”業界用語?です。
治療のことよりは、趣味の方が先行してますが、
体の事、心の事、国の事などなど思いのままに書き連ねてます。
もし、気分を害したら、ごめんなさい。
もし、気に入ったら暫くお付き合いをお願いします。
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懐かしくもあり懐かしくもなし・・・
友人が師匠と信じていた人の動画を発見しました。

中国語なので何を言っているのかは分かりませんが


恐らく何かの企画で経済的に何かを渡したんでしょうか?
仰々しく拝師の儀式なんかしてましたが、

これは、なかなかできる事ではなかったはずです。

王映海 師の中になにか芽生えるものがあったのでしょうか?

日本にもその弟子を名乗る人が何人かいます。

どういったことでしょうかね?

馬賢達 師もにたような・・・・

いやな味がしますね〜。

https://www.youtube.com/watch?v=WZu5VUOsBM8
Posted by : おっち | - | 09:44 | comments(0) | trackbacks(0)| - |
不正・フセイ・ふせい!
マッサージ業界も
医療保険を扱い始めると
キタナイ業者がはびこります。

本気でマッサージに取り組みたいから
新たな市場に挑戦している
まじめな業者の陰で

つまらんことをしよります。

↓↓↓

http://iryou.chunichi.co.jp/article/detail/20141027161406144


免許に対する
政治的な思惑と
免許者の純粋な想いは
相入れることはありませんが

免許者自身がこれに組してしまえば
純粋な想いなんてのは
どこへでも消し飛んでしまいます

対岸の火事ではすまされません。
Posted by : おっち | - | 22:55 | comments(0) | trackbacks(0)| - |
近況報告
しばらく更新をしてませんでしたが
元気にしておりますよ〜。

仕事でめまぐるしく動き回ってました。

いつから更新してないか
もしかしたら、二年では
きかないほど
あいてますかね。

漢方のクリニックの事件とか
今なら時効ですから
少しずつ書いていけると思います。

またまた

よろしく

です。

今日は、おやすみなさい。
Posted by : おっち | - | 23:32 | comments(0) | trackbacks(0)| - |
久しぶりの
久しぶりの更新です。

なんだか、仕事で時間が押されて
最近、帰りが遅いんですよね。

ですから、何にも手に着きません。
そういえば、フェイスブック始めました。

フェイスブックは自分が更新しなくても
友達の記事がドンドン上がるので
さびしくなりません(笑)

ところで、最近、しばらく封印していた稽古を
開封しました。

1棍術
2秘密の拳法(笑)

そのせいか、最近イタク調子が悪い(笑)

今までの稽古とは次元が変わっちまったので
体がまだついてこない感じです。

でも、実はまだ、半分です。
だから、残りも開封したら、どうなるか。
おそろしやー。
Posted by : おっち | - | 23:25 | comments(0) | trackbacks(0)| - |
憲法第9条
日本の平和憲法がなくなろうとしています。

もともとは、敗戦国だから
武力を取り上げられていたのですから
自立した国家であるためには
武力が必要。

そういう趣旨なんでしょう。

そして、そんなもんいらんなんて言ったら
たいへんなことになるでしょう。
でも、言いますよ!

武力をもつことは、身を守る事にはなりません。

そして、この借金国家に更なる出費を必要とさせる
愚かなる行為なんです。


そんな議論よりも
国家を立て直す議論に熱を上げてほしい。

つよいニッポンを作るんじゃろ?

銭を回す仕組みを作り直すことが必要なんです!

今ニッポンに必要な仕組みの転換は
憲法第9条の転換ではなく
国家財政の転換です。
このまま、使いきり方式では、破たんは秒読みです。

なんで、議論されないんじゃろう?
Posted by : おっち | おっちの日誌 | 18:07 | comments(1) | trackbacks(0)| - |
たいせつ
マッサージ師であるまえに
一個のオトコであります。

一個のオトコである前に
ひとりの人間でありたい。

マッサージの技も深めていきたいですが、
オトコとしての信念も貫き通したい、

その前に

人間としてあたたかいこころを
たいせつにしていきたい。
Posted by : おっち | おっちの日誌 | 19:59 | comments(0) | trackbacks(0)| - |
あく
あくを悪としてしまうと
あくは地下にもぐり
取り締まれなくなります。

幽霊の殺人は取り締まれないのと
理論は同じです(笑)

例えば、麻薬は依存性・幻覚作用があり
非常に危険なものですが
末期がんなどの痛みには有効です。

でも、栽培すれば量を売らなければ
経済性が保たれませんから
売るためには、麻薬として使用させる方が
もうかります。

ただし、この経済性は生産農家には恐らく影響しません。
途中の反社会勢力とされる人たちに回っていきます。


反社会勢力は、なぜ悪なのでしょうか?
反社会勢力だから?

では、どうして“反”社会なのか?
それは、人が死んでしまうかもしれない事に
構わずに事業をすすめるからと私は考えます。

でも、彼らも人間
飯を食えば、くそもします。
病気にもなれば、死ぬことだってあります。

そう、彼らにも生活があるのです。

その部分を考えないで彼らの経済性を締めあげてたら

彼らの行動は、
より深くにもぐり
さらに激しくなります。

だからといって、我々も迷惑をこうむりたい訳ではありません。
さてさて、どうしたもんですかね。



Posted by : おっち | おっちの日誌 | 11:20 | comments(0) | trackbacks(0)| - |
立って帰すな!
極真空手に道場破りに来たら立って帰すな!
という指令が大山師範から出ていたという話を
なにかの本で読んだことがあります。

そんな時代は、もう大昔の伝説になりました。

今、道場破りをすること自体がナンセンスですし
まして、極真空手になんて命知らずはいないでしょう

でも、その心意気は残っていてほしいものです。

・・・部外者がいうのもなんですが(笑)


最近、空手道場に通う子供たちが
道着のまま行き、帰ってくるのを
街でよく見かけます。

それって、汗をかいてないということでしょ?

汗かいてたら着替えないと風邪をひくから
着替えさせますよね?

道場破りを立って帰さない道場は
稽古生も立って帰してはいかんと思うのです。
もちろん、汗もかかないようでは論外です。

そういえば
昔、師匠が言ってました

稽古に行くときは杖を持ってそれを使って帰るようでないと足りない

そこまでの稽古は未だにできてませんから
まぁ、私もまだまだですね(笑)
Posted by : おっち | 武術教室 | 08:23 | comments(0) | trackbacks(0)| - |
乱取りの有効性と・・・
乱取りは、柔で行う稽古の一つです。

講道館が柔を競技化する際に
安全に協議が行えるようにルールを作りました。

非常に有意義な稽古法です。
実際相手を投げる訳ですから、技として完成してます。

柔ではその後に詰めるところですが
投げっぱなしの選手が多いのは、もったいないところですが
ひとつの力が発揮されていることは確かです。

中国武術の道場では、空手を模して
組手もどきの稽古をしているところがありましたが
あれをするくらいなら、型(套路)の稽古に集中したいところです。
半端な発力は時間の無駄です。

大きな力を十分に鍛えて、安全に発揮する
それこそが稽古のモットーです。
ようするに、安全第一。

完成する前に怪我したらしょうもないんです。

Posted by : おっち | 武術教室 | 09:38 | comments(0) | trackbacks(0)| - |
プレゼン
日本人はプレゼン能力がないという声を時々聞きます。
それに対する日本人の反応は、

それは学校で習ってなからだ!
自分はそういう教育を受けてない!

私も、そう思います。

でも、生徒会の選挙は立派なプレゼンの場だし、
授業中の発表もプレゼンです。

要するに、そういう意識が日本人にはないんです。
そして自分にもなかった!

だから、人のせいにしてはいけませんし
人のせいにしても自分の人生良くなる訳じゃない。

そもそも、プレゼンっていうおしゃれな言葉にするから分かり辛いのです。
プレゼンって自分の言葉で相手を自分の意に添わせようとすることでしょ。
要求を呑ませる。

そういう場面、日本人が嫌うところです。
得意なはずはありません。

洋風の商法では、そういう場面が出てくるのでしょう。
洋風だから言葉も洋風に

ローンといえばおしゃれだけど、要するに借金です。
言葉を変えても現象を追っかければ全く変わらない
でもおしゃれな言葉に流され印象が変わるのです。

でも、現実付いていけない。
だって表面をいくら飾っても嫌いなものは嫌いです。

日本人は日本人で商売もしてきました。

江戸時代100万人の人口がある都市は江戸とロンドンだけでした。
その100万人の人口のなかで商売が有ったわけですから、
それなりに、磨かれてもいるはずです。
きっと、そのなかで日本人なりのプレゼンもあったでしょう

日本人なりの商法をもう一度見つめ直して行くことが本当の強みになる。
ないものを求めるよりも、自分の中にあるものを発見する。
その方が、次へのステップは早く踏めます。

自分はそう信じます。
Posted by : おっち | おっちの日誌 | 10:34 | comments(0) | trackbacks(0)| - |
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